メディカルミッション

時をかけるおばあさんたちTime Travelling Old Ladies

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その16 母親と息子の絆

私は妹がいますが男兄弟はなく、また私の子供たちも娘二人なので、母親と息子の関係については単なる傍観者ですが、女同士の親子関係には見られない、とても強い絆を感じることが多々あります。私は以前、眼科医として診察の仕事をしていたことがありますがその頃のことです。女の子が診察に来る場合には、小学生の高学年にもなれば、大抵一人で診察室に入ってきます。そして自分の症状などにつき、自分ではっきりと説明します。ところが、男の子は、中学生や高校生になってもお母さんと一緒に診察室に入ってきます。それだけではなく、しゃべるのももっぱらお母さんです。「どうしましたか?」と聞くと、早速お母さんが「朝から右目に目やにが多くて・・・」などと細かく説明するのです。中高生になっても自分でしゃべれないのかな、と私はあきれ気味でしたが、母親は息子の世話を焼かずにはいられないようです。もし、私が娘に同じようにしたら、きっと「自分で言えるからお母さんは言わないで」と断られることでしょう。私の周りを見回しても、男の子と女の子の両方を持つお母さんは、大体息子の話題の方が多く、楽しそうに語ります。またその内容から、娘より息子の方の世話をより親密に焼いているように見受けられます。お父さんと娘さんの場合はどうでしょうか。もちろんお父さんも娘が可愛いでしょうが、もっと淡く、見守る関係のような気がします。

そして50年後、高齢者になったお母さんをケアしているのは、大抵息子です。以前は年取った母親の世話をするのは、主に家事を担う嫁、すなわち息子の妻でした。しかし最近の「介護は実子で」という風潮か、はたまた共働きなので同等の権利が当たり前なのか、息子がしばしば高齢の母親の面倒を実家に見に行き、母親もそれに甘えている、といった格好です。独居している高齢者の女性はしっかりしていて性格もきついところがあるので、もしかすると息子の嫁とはすでにトラブルがあったのかも知れません。高齢者の母親に認知症の症状が進行してくると、さらに大変になります。お弁当や日用品を毎日運んだり、薬のきちんと飲んでいるかどうか確認したり、洗濯物を自分の家に持ち帰って洗ったり・・・息子が仕事の合間にこれだけのことをするのはとても大変だと思います。母親本人は、認知症が進行してくると理解力が低下し、また最近の記憶は乏しく昔のままであると思い込んでいて、自分で何でもできている、と主張したりします。施設に入ってもらえばどちらも楽で安心なのに、と私はアドバイスしますが、母親は頑として受け付けないようです。デイサービスに行ければまだ良い方で、それさえ拒否して受け付けない場合があります。

「デイサービスに行けば、お風呂にも入れるし、お友達もできて楽しいですよ」とご本人に勧めてみても、「私は自分のしたいことで忙しいのです」「そういう所は私には合いません」と断り、「息子が来てくれるので」「息子が毎日電話してくれます」などと、息子にべったりと頼り切っています。息子さんには息子さんの家族や生活があるのでいい加減解放してあげたら良いのに、と私は思ってしまいますがなかなか難しいようです。息子も母親に優しい性分で、強くは言えないようで、諦め顔です。

世の中の高齢女性、特に親孝行な息子を持つ母親の皆さんに私は言いたいです。子供には子供の新しい所帯と人生があります。自分が年老いたら、少なくとも心理的に子供たちとは距離を置いて自分の余生を過ごしましょう。著名な作家の曽野綾子もかつてベストセラーとなった「老いの才覚」で書いていました。「老いの基本は『自立』と『自律』」「こどもの世話になることを期待しない」と。まさに同感ですが、もう既に息子に頼り切っている年老いた母親に、今更考えを変えてもらうのは無理かもしれません。

このように年老いた母親と息子の間になかなか割り込めない息子の嫁ですが、母親の最期のときに意見が通る場合が結構あります。母親の最期というシチュエーションに息子が耐え切れず、延命や病院での治療に関してどう決断すべきか自分の妻に相談するのです。傍観者の妻はここで、「お母さんも十分長生きしたので、もういいんじゃないですか」とあっさりとピリオドを打ちます。高齢女性の皆さん、息子のお嫁さんを大事にして下さいね。

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