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その21 高齢者の不眠とメラトニン

高齢者の患者さんが不眠を訴えることはしばしばあります。具体的には、寝つきが悪い、睡眠が浅く夜中に目が覚める、朝早く目覚める、などの症状を訴えます。患者さんは、「これは病的ではないか」と心配して相談したい一方、「薬などの良い治療があるのではないか」と期待しているようです。
 日中の覚醒が良好で、おおむね元気に過ごせているのであれば、高齢者の不眠は次のふたつの理由で仕方がないまたは自然なことに思われます。ひとつは加齢による生理的な変化、もうひとつは高齢者特有の生活や就寝の習慣です。

まず、高齢者の睡眠の質が若い成人と比べると劣化することは、生理的なデータとして示されています。睡眠の深さは脳波測定などの検査で知ることができます※1。脳波で脳細胞の活動パターンを検出し、睡眠が浅いか深いかを判定するのです。それによれば睡眠は一晩中一様ではなく、睡眠の浅いレム睡眠とそれより深いノンレム睡眠があり、睡眠の浅いレム睡眠は睡眠中に90分周期で繰り返し現れます。睡眠の深いノンレム睡眠は、さらに深さによって4段階に分けられ、一般の成人では、睡眠時間の前半により深いノンレム睡眠、後半には浅めのノンレム睡眠となり、深く眠ってから朝に向けて身体の覚醒準備が整えられるしくみになっています。一方高齢者の睡眠パターンでは、一番深いノンレム睡眠の時間が減り、浅い睡眠の時間が増えてきます※2。したがって睡眠が全体に浅くなり、睡眠時間中に目が覚めやすくなるのです。また必要な睡眠時間も年を取るにつれて少なくなってきます。そうすると、高齢者の方がよく眠れない、または睡眠が浅く睡眠時間が少ない、というのもある程度は当然のことでしょう。
 次に高齢者の生活の様子や就眠習慣を聞いてみると、これもまた夜間の睡眠の妨げになりそうなことが多々あります。私の患者さんで診察時に体調を尋ねると、いつも元気良く「三食昼寝付き!」と答えてくれる方がいます。この答えがいみじくも示すように、特に施設に入居している高齢者は、料理や掃除などの家事から解放され、またいつでもベッドに横になれる毎日になりがちです。十分なケアを受けている点では安心ですが、運動不足や疲労不足、昼寝過剰に陥りやすいので、そのために夜間の睡眠が妨げられることが考えられます。

実は睡眠中の身体は活動が低下して休息状態になるだけではなく、次の日の活力を整えるべくいろいろなメカニズムが働いています。入眠時には脳の温度が低下して、休息が取れるように環境を整え、睡眠を促進するメラトニンというホルモンが分泌されます。朝方になると覚醒作用を持つ副腎皮質ホルモンが分泌され、脳の温度が上がり、メラトニンの分泌が低下します。
 このメラトニンというホルモンは、脳の松果体と呼ばれる部位から分泌されます※3。その分泌量は加齢と共に減少し、60歳代になるとピーク時の10分の1に低下します。朝、眼の網膜に光が当たると、体内時計として機能する脳の視交叉上核に刺激が伝えられ、メラトニンの分泌が抑制されます。逆に、夜間にはメラトニン分泌が上昇し、睡眠開始のシグナルとなります。メラトニンにはそのほかに、抗酸化作用や学習・記憶能力誘導作用、そして骨吸収抑制作用などの報告もあり、アンチエイジング効果の可能性もありそうです。

高齢者やその家族の方々には、自然の摂理としての加齢による不眠を理解してもらい、生活習慣や環境を整えてもらえばそれが一番です。睡眠薬は特に必要でなければ使わない方が良いと思います。以前は睡眠薬というとベンゾジアゼピン系やその類似薬でしたが、ふらつきや傾眠、依存などの副作用が懸念されるので今は推奨されていません。上に述べたメラトニン受容体に作用する薬や、逆に覚醒状態に関連するオレキシンという物質を阻害する薬などが新薬として使用されるようになってきています。これらの薬も効果および副作用を確認しながら、必要な際には上手に使うことが重要です。


※1:眠りのメカニズム | e-ヘルスネット(厚生労働省) (mhlw.go.jp)
※2:高齢者の不眠 小曽根基裕ら 日老医師 49: 267-275, 2012
※3:メラトニンとエイジング 服部淳彦 比較整理生化学 34(1): 2-11, 2017 34-1総説_1.indd (jst.go.jp)

(2021/05/05 18:15:10)

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