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その31 デジタルデトックス

先日、私の腕時計が急に動かなくなりました。私が使っていたのは、数年前娘たちにプレゼントしてもらった、歩数計付きの便利な腕時計です。正確には、一度壊れてしまったので買い換えた2代目です。デジタル表示のその腕時計は、心拍数も表示されるので、運動時に心拍数を見ながら運動強度をコントロールできます。そのほかカロリー消費量や睡眠時間なども出ますが、私の日常生活では時刻と歩数をチェックするくらいでした。
 私はこの腕時計を毎日使っていたので、急に使えなくなるととても不便で心もとなく感じました。でも修理や買い替えなどについて調べるのは手間がかかるので、しばらくはなしで過ごすことにしました。すると私の予想に反して、思っていたほど不便ではないことにすぐ気がつきました。まず、時計を身に着けていなくても大体の時間は見当がつきます。それから屋内では見渡せばどこかに時計があるので、確認したい時は見ることができます。出かける際には連絡用の携帯電話はカバンの中に入れてあるので、必要な時には使えます。すると、今までは必要もないのに腕時計をしばしば見て、時間を確認せずにいられなかったという習慣に気がつきました。
同じことはスマホにも言えます。暇な時、手持ち無沙汰な時には、つい身近にあるスマホを見てしまいますが、本当にそんなにしばしば必要なのでしょうか。

私が最近読んだ「スマホ脳」という本によると、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツなどITのリーダーたちが、実は自分の子供たちにはスマホやiPadの使用を厳しく制限しているという話が出ていました※1。これらのデジタル機器を日常的に使うようになると、仕事や勉強をしながらも気が散ってしまい、スマホを触らずにはいられない、見ずにはいられない、という依存性のリスクが高くなるということです。ITの巨匠たちは当事者であるだけに、そういう悪影響をよく知っているのでしょう。また、インターネットはいろいろな情報を得るのに便利ですが、知れば役に立つ情報ばかりではなく、たとえば知ったことで自尊心が傷つくようなよけいな情報もあふれています。SNSなども、手軽に情報交換ができて楽しく感じたり便利だったりもするのですが、気分を害したり悲しくなる場合もあります。そこで、デジタルな世界にずっと浸かってばかりいないで、たまにはこれらの影響から離れて、デジタルデトックスをすることが精神衛生上良いことに思われます。

さて、上記の本の作者アンデシュ・ハンセン氏は、実はスウェーデンの精神科医です。私が筆者の考え方で特に興味深く感じたのは、「感情」の位置づけです。彼は、「感情」というものは、自分を取り巻く周囲のものに対する個体の感想ではなく、人類が合目的‐つまり生き延びて子孫を残すという‐に生きるための戦略であると説きます。感情をつかさどる部位は主として「偏桃体」と言われていますが、実はこの部位は「人体の火災報知器」とも呼ばれ、危険をいち早く知らせ、警鐘を鳴らすということです。「怖い」「危険」「嫌だ」といったネガティブな感情が起こると、自律神経にその信号が送られ、心臓をドキドキさせて血流量を増やし、筋肉に血流をより多く流して身体が反応する準備をさせる。そうすると危機に対して素早く反応できるので、より生き延びる可能性が高まります。
 もしいろいろな刺激に対して偏桃体が過剰に反応したり、長期間刺激されっぱなしの場合には、感情のコントロールができなくなったり、怒ったりきれたりしがちになります。また、偏桃体の機能異常は、うつ病や不安障害、パニック障害などの精神疾患にも関係しています。

脳の中での「偏桃体」の場所は、記憶をつかさどる「海馬」に隣接しています。この「海馬」との位置関係、そして両者を結ぶ神経連絡路から、感情と記憶との密接な関連が予想されます。実際に、強く印象を受けた出来事や感情を伴った出来事の記憶は残りやすいことが知られています。私たちの診療でも、普段のさまざまな出来事はなかなか記憶できなくても、特に嫌な出来事は良く覚えていて強く訴えられることがあります。以前、高齢者施設の患者で普段はおっとりしている方がいましたが、一度食事を載せたカートに脚をぶつけたことがありました。そしてその後数か月間、診察のたびに、少し大げさに「カートに踏まれて歩けなくなった」と繰り返し苦情を言っていました。また、脳の血流量を測定した実験では、自分の個人的な思い出はより感情を伴うので、記憶を思い出す場合にも偏桃体や海馬の血流量が増えていることが観察されており、これらの部位がより活発に活動していることが確認されています※2


※1:「スマホ脳」 アンデシュ・ハンセン 新潮新書 2020年
※2:情動と記憶のメカニズム 小野武年ら 失語症研究21(2): 87-100, 2001.

(2022/06/20 16:21:42)

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