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その30 エール!

先日米国ロサンゼルス市で第94回アカデミー賞の各賞が発表され、濱口竜介監督の日本映画「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞を受賞しました。日本のニュースではほかの賞については言及されなかったので、作品賞はどんな映画かと調べてみると、「コーダ あいのうた」という作品でした。この作品は実は「エール!」という2014年のフランス映画のリメイクだということが分かりました。私はたまたまその「エール!」の方を最近インターネットで見て感動したので、「やはり良い映画だったからリメイクされて作品賞を取ったんだ」と嬉しく感じました。

「エール!、原題はLa famille Belier(ベリエ一家)」は、フランスのパリ郊外に住む酪農家ベリエ家の物語です。ベリエ夫妻と息子は生まれつき耳が聞こえない聾啞者ですが、娘だけは健常者です。お父さんが飼っている牛の世話をして、お母さんはチーズ作りというのが主な仕事です。子供たちも農場の仕事を手伝いながら学校に通っています。家族の中で唯一言葉が聞こえ喋れる娘ポーラが、業者と電話で交渉したり、市場にチーズを買いに来る客の相手をしたりして、家業を支えて暮らしていました。
 この映画で最初に印象的だったのは、このベリエ一家の明るさです。ポーラ以外は耳が聞こえずしゃべれないので、会話は手話で行うのですが、会話の場面は想像するよりずっと騒々しい(?)のです。声が出せない分表情が豊かで、目をむいたり歯を見せたりしてとても賑やかです。身振り手振りも加わって、がっかりしたり怒ったりの感情の動きがとても良く分かります。特にお母さんは、最初はにっこりと笑う場面が多くしとやかに見えるのですが、感情が高まった時には床を踏み鳴らし、手話も勢いを増し、攻撃も鋭く、そのギャップにびっくりするほどです。一方、お父さんは市の開発計画を知って憤慨し、自分が市長に立候補することになりますが、心配するポーラに、「耳が聞こえないのは個性だ。今までそれで困ったことなど一度もない」と言ってのけます。

さて、ポーラは学校でコーラス部に入り、先生に歌の才能を見出され、次第に自分でも驚くほどに上達していきます。そして先生からはパリの音楽学校に進学することを勧められ、オーディションを受けるために、先生の家に通い歌の特訓を受けます。ところがそれを知った家族は、ポーラが家を出ていくかも知れないとショックを受けます。
 ポーラがパリの音楽学校を目指すことで、両親は動揺してしまい、家族関係がぎくしゃくします。お母さんは、「私は育て方を間違った。家族がどれほど大事か教えたのに、あなたに通じなかった」と嘆きますが、ポーラは「素晴らしいお母さんたちに育てられたからこそ、音楽を目指そうと決心がついたのよ」と言います。お母さんは昔を思い出し、「あなたが生まれてきた時耳が聞こえると知り、自分に育てられるか不安だった」と打ち明けます。ポーラは家族の気持ちを思いやり進学することをいったん諦めますが、両親は学校のコンサートで娘の歌う姿を見て、彼女の意思と希望をサポートしていこうと考えを改めていきます。

最後はパリの音楽学校に進学するポーラを一家が見送るシーンで終わります。子供の旅立ちは、親にとっては嬉しいような悲しいような出来事ですが、子供の将来を思ってエールで見送ってあげたいと思います。
 さて、自分の場合はどうだったか振り返ってみました。まず、私が大学進学のために家を出た時には、喜びでいっぱいでした。大学に合格し、家族と離れて暮らす、新生活への期待や準備のこまごまとしたことで胸も頭もいっぱいで、不安や寂しさが入り込むすき間がなかったように思います。後から母は、「あなたの後姿を見送ったら涙が出た」と本音を漏らしてくれました。
 そして20数年後、今度は私が娘たちを大学に見送る番となりました。双子の娘が一挙に家からいなくなってしまうので、その後の家の空虚感は見当がつきません。私も表立っては嬉しいのですが、「二人ともいなくなったら、どんなに寂しくなるのだろう。まるで身体の半分がもぎ取られてしまうように感じるのでは」と、心の中では恐れていました。ところが実際に彼女たちが旅立ってしまうと、寂しさよりもむしろ心がふわっと軽くなったように感じました。まだまだ金銭的にはサポートが必要ですが、子育ての責任感のかなりの部分がなくなり、自分の自由な時間が増えたことを実感したのだと思います。夫も子供たちがいなくなった後の生活を恐れていたらしく、私がそれまでと変わらず夕食を作ると、「ご飯を作ってくれて有難う」と、結婚以来初めて料理のお礼を言われました。

(2022/04/04 21:32:33)

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