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その10 患者へのアドバイスの伝え方
私はかかりつけ医として、慢性疾患を抱えていたり、いくつも薬を飲んでいる患者さんを長年診ています。かかりつけ医の仕事は、単に診察や処方を行うだけではなく、健康相談や生活指導なども重要な仕事になっています。指導事項として頻度の高いものは、高血圧・高脂血症・糖尿病のメタボ疾患を持つ方に生活上のアドバイスをしたり、長期間睡眠薬や痛み止めを飲んでいる方に薬の減量や中止を勧めたりすることです。具体的には、「間食は少し控えて」、「アルコールを飲まない休肝日を作りましょう」、「タバコの本数を減らしましょう」などと、医学的に適切ですが、常識としても広く知られているようなことが多く、相手も聞き飽きていると思われます。診察時には、「はい、分かりました」と一応肯定的に返事してもらうことが多いですが、実際は、反応が薄い聞き流しや、「来客があって飲むことが多かったので」など言い訳も聞かれます。患者さんにしてみれば、今まで何十年も続けてきた生活習慣を、急に変えろと言われても難しいことでしょう。
とは言っても、こちらもかかりつけ医としての責任上、病気が改善しないのはともかく、悪化してしまうのを、ただ手をこまねいて見ているわけにもいきません。私も、「どうすれば説得力があるかな」と考えてみて、専門の機関や専門のドクターから得た知識であることを枕詞に使うようにしてみました。「厚労省の発表では、高齢者が睡眠薬を長期的に使うのは良くないようですよ。必要な時だけにしていく方がお勧めです」「痛みの専門医が先日勉強会で言っていましたが、痛み止めはずっと使うとだんだん効かなくなってきます。」私としては、専門ドクターからの、実験や臨床でのエビデンスのあるアドバイスなので、具体的で信ぴょう性が高く、お勧め度も高くなっているつもりです。でも、患者さんの反応はいま一つというところでしょうか。
それに比べると、私自身や家族、知り合いを引き合いに出すのは、結構効果的です。高齢の患者さんが軽い不眠を訴えた場合、「私もそうですよ。年を取ることが不眠の一番の原因なので、若い時のようには続けて眠れません。1日5,6時間眠れれば、大丈夫です。」と様子を見てもらいます。また、何かの疾患を疑い専門医受診を勧める際にも、「私の親なら、やはり一度受診して詳しく調べてもらうことを勧めます。」すると、目の前にいるドクターやその家族もそうなら、と患者さんやその家族にも結構納得してもらえます。
読書家で知識の多い患者さんには、有名作家の言が効きました。その患者さんは長年耳鳴りがあり、耳鼻科で何度か調べてもらっても特に問題なく、処方薬を服用し続けています。「ほかの人には分かってもらえない症状ですが、仕方がないのでしょうね。」私は、最近読んだ五木寛之の「孤独のすすめ※1」からの抜粋を紹介しました。「年を取ってきたらいろいろ体に不具合が出てくるが、それは『あきらめる』のが良い、あきらめるとは『明らかに究める』ことである、と書いていましたよ」と紹介すると、「『明らかに究める』ね、それは良い言葉ですね」と納得されました。私からすると、専門ドクターの意見の方が医学的には正しく、信頼すべきと思いますが、「有名な人が言った」というのは影響力があるのでしょう。ちょっと話がずれますが、女優さんが宣伝している化粧品の人気と同様な感じがします。女優さんは綺麗なので化粧品の広告に使われるわけですが、テレビのコマーシャルを見ると、まるでこの化粧品を使うと女優さんのように綺麗になれるような感じを起させます。どう考えても原因と結果が逆のような気がしますが。やはり有名人の影響力は大きいということでしょう。
このように、どう言えば患者さんに納得してもらえるかと四苦八苦している私ですが、たまにすんなり聞き入れて実行してくれる方もいます。先日、高齢者の患者さんが、「最近、体重が2㎏増えました」と報告してくれました。「どうして増えたのでしょうね」と聞くと、「先生にお肉を食べるようにと言われたので、頑張って食べるようにしました」というお答え。そういえばこの方は体形がスリムで、食思低下気味、血液検査でも貧血気味でした。そこで私は2か月ほど前に、「お肉を食べると鉄分も補給されるので、貧血にも良いですよ」とアドバイスしていました。普通にアドバイスしただけでも、こんなに素直に真面目に聞き入れてくれるなんて、と感心しちょっと驚きました。
※1:「孤独のすすめ 人生後半の生き方」五木寛之著、中公新書ラクレ、2017年。
(2020/05/22 11:11:50)



