時をかけるおばあさんたちTime Travelling Old Ladies
- 過去ログを読む(クリック)
その19 認知症のミニ知識③ アルツハイマー型認知症 研究の歴史
アルツハイマー型認知症研究の歴史を紐解くと、この病気は20世紀はじめににドイツのアロイス・アルツハイマーという医師によって初めて報告されました。患者は初老の女性で、嫉妬妄想や記憶障害を呈し、4年後に亡くなりました。
アルツハイマー博士はその症例の脳の病理解剖所見として、①神経細胞の変性消失とそれに伴う大脳委縮、②老人斑と呼ばれる細胞外沈着物、そして③細胞内の神経原線維変化の3つの特徴が見られたことを学会で発表しました。簡単に言うと、①神経細胞がなくなって脳が縮む、②神経細胞の外に老人斑という異常な物質が溜まり、③神経細胞の中では繊維状の塊が見られる、ということです。
その後のさまざまな研究によって、今では②の老人斑はアミロイドベータという物質、③の神経原線維変化はタウと呼ばれる蛋白質がリン酸化されたものが沈着していることが明らかにされています。これらの所見はその後アルツハイマー型認知症の患者の脳に広く見られることが確認されました。そして、2002年には「アミロイドベータ仮説」が提唱されました。これは、上記②のようにアミロイドベータが脳に沈着することが原因で神経細胞が変性し消失しているのではないか、という仮説です。さらにこのアミロイドベータの沈着によって上記③のタウ蛋白質のリン酸化も起こっているという仮説でした。この「アミロイドベータ仮説」が今でも最も重要視されており、アミロイドベータの沈着を阻止するいろいろな薬剤が研究、開発中です。ところがこれまでのところは、どれも効果が十分でない、または副作用が大きく臨床に使えない、といった残念な結果になっています。また、アルツハイマー型認知症患者とアミロイドベータの沈着症例が一致しない場合も見られました。そこでむしろタウ蛋白質のリン酸化こそが原因であるという「タウ仮説」も提唱され、こちらも研究、開発中です。
これらとは別の研究経路から生み出されたのが、ドネペジル(アリセプト)など現在アルツハイマー型認知症の薬として使用されている数種類の薬物です。1970年代後半に神経伝達物質の研究が盛んに行われ、そこから生み出されたのが「コリン仮説」です。これは、アルツハイマー型認知症患者の脳ではアセチルコリンという神経伝達物質の働きが低下している、という研究結果から導き出された仮説でした。この仮説によって開発されたのが、現在患者に使われている、アセチルコリンを分解する酵素であるコリンエステラーゼの阻害薬です。ドネペジルのほかに、ガランタミンやリバスチグミンがあります。
上に述べたアミロイドベータの沈着を阻害する新薬はアメリカの製薬会社バイオジェンと日本のエーザイが共同開発していましたが、十分な効果なしとして一旦開発中止になっていました。しかしその後データが再検討され、2020年8月にはアメリカのFDA(Food and drug administration:食品医薬品局)にアルツハイマー型認知症の新薬として申請し、受理されたということです。この薬は、アデュカヌマブと呼ばれるモノクローナル抗体で、アミロイドベータに結合し、その沈着を減少させる働きがあるということです。臨床検査でも脳の認知機能の低下の進行が遅くなったと報告されています※1。但し広く患者に使用されるためには難点がふたつあります。ひとつは認知症が確実にある症例ではなく認知症前段階の症例に効果が限られるということ、もうひとつは薬の値段が著しく高いということです。
※1:The antibody aducanumab reduces Aβ plaques in Alzheimer’s disease, J.Sevigny et.al. Nature 2016;537(7618):50-56
(2021/03/17 22:54:25)