時をかけるおばあさんたちTime Travelling Old Ladies
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その31 高齢者の転倒・骨折
私は学生時代京都に住んでいましたが、清水寺の参道である三年坂は長い石畳の坂道で、観光客の人気散策コースとして有名でした。坂の両側には土産物屋や喫茶店などが立ち並び、京の町の風情がありました。そして三年坂には、「ここで転ぶと3年以内に死ぬ」という都市伝説があり、言い伝えられていました。それはさておき、私たちが訪問診療を行っている患者さんたちは介護が必要な高齢者が多く、日常生活の中でしばしば転びます。そして転んだらそれだけでは済まないことが結構あります。考えてみれば、歩き始めの幼い子供もよく転びますが、すぐに立ち上がってまた歩き、だんだん歩行が上手になっていきます。しかし高齢者の場合には、倒れたらしばらくは立ったり歩いたりできないことも多く、さらに治療が必要な怪我をしていたり、骨折をしていることさえあります。
2018年の厚生労働省による人口動態統計調査では、不慮の事故死41,238人のうちの9,645人が転倒・転落・墜落による死亡でした。そのうち65歳以上が8,803人と91.2%を占め、同年代の交通事故死2,646人よりはるかに多くなっています※1。しかも屋外での転倒より屋内、家の中などでの転倒が原因の方が多いとのことで、その数の多さには驚かされます。私たちの普段の診療経験では、高齢者の患者さんたちでも、転倒が直接の原因でまもなく死亡するということはほとんど聞いたことがありません。しかし、死なないまでも、かなりの頻度で骨折をきたすので、打撲した部位の痛みがいつまでも強い場合や、腫れてくる場合、歩けなくなったり動かしたりできなくなる場合には病院受診が必要になります。
ある論文によると、調査対象の要介護高齢者(8,335人)で1年間に転倒した人(2,109人)のうち、骨折した人(204人)の割合は9.7%でした※2。10人転ぶと1人が骨折したという、かなり高い割合となっています。転倒が原因の骨折の部位は、脚の付け根付近の大腿骨頸部が多く、ついで前腕部の橈骨・尺骨、そして胸部の肋骨などでした。大腿骨は股関節から膝までの長い骨ですが、その頸部と呼ばれる部位は細くなっており、転倒の衝撃で骨折しやすい場所です。
大腿骨頸部骨折の場合には病院に入院、手術などの治療を受け、その後リハビリで歩行練習をしてから退院することが多くなっています。但し高齢者では、退院後には自力歩行がスムーズにできなくなることも多く、移動には車椅子が必要になったり、そのほかの日常生活動作が低下して前より介護が必要になったり、認知症が進行したりすることもよくあります。
さて、転倒やそれによる骨折を予防するためにはどうすれば良いでしょうか。まず、どんな場合に転倒しやすいかという転倒リスクを考えてみます。高齢になると筋力が低下し、歩く速度が落ち、歩幅も狭くなり、歩く際の身体のバランスも取りにくくなります。そして実は、転倒したことがあるという「過去の転倒歴」がとても高いリスクとなるようです※3。また薬の影響で、ふらつきやすかったり転びやすくなる場合があります。そして外部の要因としては、段差があったり滑りやすかったりという環境や状況のもとでは、転倒しやすくなります。高齢者の転倒予防としては、バランスを崩しにくいように杖やシルバーカーを使うこと、外的要因の予防としては、手すりを付けたり、バリアフリーなどの工夫をしてリスクを下げるという一般的な対応である程度防ぐ効果がありそうです。
長期的には適切な運動をするのが、肉体的にも精神的にも良さそうでお勧めです。1種類の運動ということであれば、太極拳が良いというデータもあります※3。運動もあまり熱心にやりすぎて、筋肉痛や関節痛をきたしたり、転倒する場合も実際にあるので、要注意です。
※1:転倒・骨折予防の取り組み | 健康長寿ネット (tyojyu.or.jp)
※2:要介護高齢者における転倒と骨折の発生状況 鈴川芽実ら 日老医誌 46:334-340, 2009
※3:高齢者の転倒予防の現状と課題 大高洋平 日本転倒予防学会誌 1:11-20, 2015
(2022/06/20 16:14:21)