メディカルミッション

時をかけるおばあさんたちTime Travelling Old Ladiesfollow us in feedly

 過去ログを読む(クリック)
その33 8020運動とオーラルフレイル
その32 振り込め詐欺と認知症
その31 高齢者の転倒・骨折
その30 高齢者の頻尿
その29 未来の介護
その28 認知症、最近の動向
その27 高齢者の難聴:補聴器と人工内耳
その26 地域の認知症高齢者
その25 高齢者の下腿浮腫
その24 便秘対策:腸活で予防し、下剤で治療する
その23 認知症による行方不明
その22 訪問診療患者語録
その21 高齢者の不眠とメラトニン
その20 認知症のミニ知識④ アルツハイマー型認知症 治療およびケア
その19 認知症のミニ知識③ アルツハイマー型認知症 研究の歴史
その18 認知症のミニ知識② アルツハイマー型認知症の病期分類 FAST(Functional Assessment Staging)
その17 認知症のミニ知識① 長谷川式認知症スケール
その16 母親と息子の絆
その15 バーチャル認知症外来
その14 高齢者の熱中症リスク
その13 高齢者世帯の認知症介護
その12 認知症を予防するには
その11 廃用症候群と四肢の拘縮
その10 記憶のしくみ:アメフラシから人間まで
その9 メンタル症状と認知症
その8 デイサービスに行く?行かない?
その7 認知症のご近所トラブル
その6 「認知症のリアル」のエッセンス
その5 お盆の看取り
その4 高齢者の幼児返り
その3 独居で介護サービスを受け入れた暮らし
その2 独居老人が認知症になった時
その1 時をかけるおばあさんたち
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その27 高齢者の難聴:補聴器と人工内耳

私たちが診療している高齢者の方で、特にはっきりした耳の病気がなくても、耳が遠い、または難聴の方はたくさんいらっしゃいます。その割には補聴器を付けている人が少ないので、私は、補聴器は使いづらいのだろうか、それともあまり効果がないのだろうかと、常々不思議に思っていました。付き添いの家族や、施設の職員なども補聴器に関して言及することはほとんどなく、耳元で大きな声でしゃべって会話します。いきおい私も診察の際には、できるだけ簡単な内容で大きな声でしゃべるようにしています。するとたまに聞こえの悪くない方に、「そんなに大きな声でなくても聞こえます」と言われるのですが。

一般的に高齢になればなるほど難聴になる人は増え、加齢性難聴と呼ばれています※1。60歳代前半では5から10人に1人、60歳代後半では3人に1人、そして75歳以上では7割以上と、3人に2人の割合になります。この加齢性難聴は、内耳にある蝸牛と呼ばれる組織の中の有毛細胞などが障害されることが原因で、高音領域の音から聞こえにくくなります。有毛細胞はいったん壊れてしまうと再生しないので、加齢性難聴は治りにくいとされています。さらに高齢者の難聴では、言葉の聞き取りの能力も低下します※2。特に速いスピードの会話や、騒音下での会話が聞き取りづらくなるようです。したがって、難聴のある高齢者に理解してもらうには、大きな声でゆっくりと語りかけることが重要です。
 難聴があると日常生活も不便になり、テレビの音を大きくしないと聞こえなかったり、何度も聞き返さないと会話が聞き取れなかったりします。結果として、単に聞こえが悪いだけでなく、人と会話するのが苦手になってコミュニケーションが十分に取れなくなり、活気が低下したり、認知症発症や進行のリスクも高くなりがちです。

近視や乱視で視力の悪い人はメガネをかけて良く見えるようになるので、難聴の人も補聴器をつけて聞きやすくなれば良いのですが、補聴器の使用率は私が日ごろ観察してるように、低いようです※3。世界的に比較してみると、難聴者率は欧米諸国でも日本でも10%程度と同様ですが、補聴器の使用率は欧米諸国では30-40%程度、日本では13.5%とかなり低くなっています。補聴器の満足度は前者の国々では80%前後ですが、日本では39%と低い結果です。補聴器に関する調査をまとめた「Japan Trak 2018調査報告※3」によると、日本人では補聴器が必要であると感じた年齢の中央値は70歳と、かなり高齢になっています。難聴に気づいてから補聴器を購入するまでには5年前後経過していることが多く、補聴器1台の平均価格は15万円、補聴器を所有する人の内54%がもっと早く補聴器を使用すべきだったと思っています。補聴器よりもっと手軽に買える集音器や通販補聴器と呼ばれる器械もあります。それらは価格が手ごろで入手も容易なので購入する人がいますが、器械の満足度は補聴器の所有者の方が高くなっています。補聴器所有者の90%ほどが、安心感や会話のしやすさが向上し、QOLが改善したと答えています。逆に、補聴器を使わない理由としては、わずらわしい、補聴器の効果が十分ではない、難聴がそれほどひどくない、などが多くなっています。補聴器がわずらわしいという意味は、装着感が快適でない、必要とは思わない、効果がない、などです。

補聴器での効果がほとんど認められない場合には、人工内耳という選択肢もあります※4。人工内耳は手術で耳介の後ろに埋め込まれた受信装置とマイクなどの体外装置から成ります。マイクで集められた音は電気信号に変換され、送信コイルを介して受信装置に送られます。受信装置に伝わった信号は、電極から聴神経を介して脳に送られ、音として認識する仕組みになっています。人工内耳は装用後の調整やリハビリテーションが必要であり、本人の前向きな意欲がとても大切だそうです。人工内耳の手術件数は最近増えており、特に幼児と高齢者に増加が見られています。

補聴器でも人工内耳でも専門の方のアドバイスでは、聞こえなくなって何年もしてから試すのではなく、できるだけ早く比較的若いうちに使用してみることが勧められるようです。また、少し話の内容は変わりますが、高齢者でなくても、ヘッドホンやイヤホンで大きな音を長時間聞く習慣があると、やはり内耳の有毛細胞が壊れ、難聴になるそうです。WHOでも若者にはこういった音響性難聴のリスクがあると指摘されています。若い人たちも、関心を持つのが良いかも知れません。


※1:50歳を過ぎたら要注意!加齢性難聴 耳が遠くなる原因とは | NHK健康チャンネル
※2:高齢者の難聴 増田正次 日老医誌;51:1-10, 2014
※3:JAPAN_Trak_2018_report.pdf (hochouki.com)
※4:人工内耳について:一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会 (jibika.or.jp)

(2021/11/24 19:12:15)

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