時をかけるおばあさんたちTime Travelling Old Ladies
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その25 高齢者の下腿浮腫

「脚がむくんでいます」という訴えは、高齢者の診療でしばしば耳にします。むくみは膝から下の下腿のことが多く、足背まで及ぶこともあります。「むくみ」は医学用語では「浮腫」と呼び、これは「皮下組織に過剰な水分が貯留した状態」のことを指します※1。
正常な状態では、血管およびリンパ管と皮下組織の間で栄養分や老廃物を含んだ体液が適切に出入りしており、その結果として平衡が保たれた状態になっています。ところが、さまざまな状態の変化によってこのバランスが崩れ、浮腫として水分が溜まるようになります。
浮腫をきたす代表的な病的変化としては、心不全などの心疾患、腎不全やネフローゼなどの腎疾患、肝硬変などの肝疾患、それから甲状腺機能障害などがあります。心疾患や腎疾患では、それぞれ循環障害や腎機能低下などで体内での水分貯留をきたし、その結果組織への貯留が増加します。肝疾患では低アルブミン血症などで組織に水分が溜まりやすくなり、甲状腺機能障害では組織でのムコ多糖類という物質の貯留により水分も増加します。これらの場合には、両側下肢に浮腫をきたしやすく、顔や上肢などにも浮腫が見られる場合もあります。もっと局所的に浮腫が起こる場合には、蜂窩織炎などの炎症で腫れたりむくんだり、癌治療でリンパ節廓清を行ったあとにむくんだりすることもあります。これらの種々の病気に関しては、病院やクリニックで検査や診察を受けて、適切な治療を行う必要があります。
さて、高齢者の方々は、これまで述べたような病気は特になくても、むくみを訴えることが多々あります。生活の様子を聞き取ってみると、高齢者特有のものとして、椅子や車いすに座っている時間が長く、立ったり歩いたりをあまりしていない場合がよくあります。そういう高齢者で歩行や運動ができる人の場合には、私はむくみの対処法として散歩や体操などを勧めます。下腿の筋肉は第2の心臓とも言われているように、ポンプ作用があり、重力に抗して静脈血を心臓に戻す働きをしています。運動不足や筋力低下によって、この機能が低下し、下腿にむくみが出やすくなります※2。
もちろん、脳梗塞の後遺症で片麻痺などがあったり、下肢の筋力低下で歩行不安定や歩行困難な場合などもあり、致し方ないことも多いです。また、自力で歩行はできるけれども、高齢や認知症で活気が低下していて自分からは動こうとしない場合も多く見られます。そういう場合に下肢のむくみを軽減するためには、下肢の挙上が効果的なことがあります。日中、ベッドに横になる時間を設けたり、座っていても膝を伸ばして足を椅子の高さまで挙げたりするという方法です。そうすると重力の影響を少なくするとともに心臓に帰ってくる血液量が増え、循環状態が改善します。弾性ストッキングを装着して、外から圧力をかける方法もあります。
高齢者の方は薬をいろいろと飲んでいることも多いですが、血圧の薬や痛み止めの薬で浮腫をきたすものがあるので要注意です。ドクターに相談して、薬の変更を検討してもらうことも良いでしょう。また、低栄養をきたして浮腫になることもしばしば見られます。食事量が低下したり、食事は何とかできているようでも、偏食や腸の吸収力の低下で血中のアルブミン値が低下して浮腫をきたすことがあります。こういう場合には高蛋白の食事や高栄養の飲み物を補給したりします。
話は少し逸れますが、重力によって下肢に浮腫が起こりやすくなるのであれば、無重力空間ではどうでしょうか。宇宙ステーションなどの無重力空間では、下肢の方向への重力がかからないので下肢に浮腫は起こらずむしろ細くなるのですが、上半身に2リットルもの血液が上り、顔や首に浮腫が見られるようになるそうです※3。また、重力が働かないと筋肉が萎縮したり、骨粗鬆症が進行したりするそうです。そうすると、老化がさらに加速されるようなもので、逆効果ですね。たとえ下肢に浮腫が起こりやすくなっても、重力はないよりある方が、私たち地球人にとっては健康的に過ごせるようです。
※1:浮腫の基礎 小野部純、理学療法のあゆみ 21(1):32-40, 2010
※2:高齢者の下腿浮腫 岩本俊彦、ドクターサロン 62:29-32(429-432), 2018
※3:宇宙でからだはどうなる? | JAXA 有人宇宙技術部門
(2021/09/08 13:27:28)