時をかけるおばあさんたちTime Travelling Old Ladies
- 過去ログを読む(クリック)
その14 高齢者の熱中症リスク
8月は全国的に酷暑の日が続き、東京では熱中症で救急搬送されたり死亡したりする人が昨年よりかなり増加しました※1。患者は高齢者が圧倒的に多く、90%以上が屋内で発見され、エアコンがなかったか、あっても使っていなかった場合が多かったそうです。
高齢になると、いろいろな感覚機能が低下してきます※2。視覚、聴覚の低下はごく日常的に知られており、年を取れば眼の調節機能が衰えて老眼鏡が必要になったり、耳が聞こえにくくなると補聴器が必要になったりすることは一般的にも理解されていると思います。皮膚感覚もこれらと同様に衰えてゆき、暑さや寒さを感じる温度覚も低下します。65歳以上の高齢者では、温度の変化を感じる感度が低下し、寒い時に震えて熱を発生させたり、暑い時に汗をかいて体温を下げる機能が遅れたり低下することが分かっているそうです※3。
高齢者自身が、このような加齢による生理的な変化を理解し、「自分は熱中症のリスクが高い」ということを自覚すれば、水分摂取を十分に行ったり、適切にエアコンを使うことによって、脱水症や熱中症はかなり予防できると思います。実際、大部分の元気な高齢者の方はそういうふうに心がけ、実行されていると思います。けれども高齢者の一人住まいや高齢者世帯では、自分ではそういうリスクが高いことに気づかず、適切な対策を取れないことがあります。自分では必要性を感じにくいので、無理もないことかも知れません。そこで、若い世代の家族などが訪れたり電話をかけて、熱中症を予防するようにアドバイスをしてもらうのが良いと思います。そして、きちんと対応ができているか確認することが大切です。「分かった」と言っても、きちんと理解できていなかったり、忘れてしまったり、またエアコンの操作が苦手だったりすることがあるので、そういう場合には見守りや介護サービスが必要になってきます。
高齢者が認知症になり、しかも病気が進行してくると、自分で季節にあった服を選べなくなってきます。私たちのクリニックで診察する高齢者の方々も、夏に厚着をしていることがしばしば見られます。気温が30度以上の真夏日でも、厚めの下着をつけていたり、腹巻を巻いていたりして汗をかいています。診察時に、厚着であることを指摘しても、付き添いのご家族は、「注意しても聞かないのです」と答えることが多いです。老人施設に入っている高齢者でも、夏の厚着はよく見られます。「暑いので薄着にしましょう」と言うと、その場では頷くことが多いのですが、職員の話によると、脱ぐように言っても実際はなかなか聞いてくれないようです。そして冬服を片付けて見つからないようにすると、今度はその服を探して施設の外に出ようとする人もいるため、結局本人の好きな厚着になってしまうそうです。さらに認知症が進行してくると、ズボンの下にパジャマをはいていたり、下着も2,3枚重ね着をしていたりすることもあります。そういう場合には、「汗をかいて脱水症気味になりやすいので、水分は十分に取って下さい」と付け加えます。ご家族や職員が見守ってくれていれば、一応良しとします。
以前、ある施設にいた極端に寒がりのおばあさんで、いつも5,6枚服を重ね着してまるで十二単のようないでたちの方がいました。「九州育ちだから寒がりなので」というのが厚着の言い訳です。さすがにそれだけ着込んでいると、エアコンが効いていてもかなり汗をかきます。「どうしてこんなに汗をかくのでしょう?」と聞くので、ここぞとばかりに「暑いからですよ。服を少し脱いでみては?」と促すのですが、「私は寒がりなので」と繰り返して絶対薄着にはなってくれません。さすがに汗で下着が濡れるのは気持ちが悪いようで、さらに暑くなると自分で服の下にタオルを巻くようになっていました。するとタオルが汗で濡れる、タオルを取り換える、またタオルが濡れる、の繰り返しで、濡れたタオルは部屋に何枚も吊って干されていました。施設職員の誰もこのやり方を変えられませんでした。この方はかなり認知症が進んでいましたが、自分で、「汗をかくのでタオルで吸収して、そのタオルを順次取り換える」という思考回路はしっかりとありました。でも、人の言うことを理解し、納得して、そのように行動するのは苦手なままでした。
※1:「23区の熱中症死、8月最多195人・1日32人の日も・・・高齢者エアコン使わず」 ヨミドクター 読売新聞 2020年9月8日
※2:老年期の感覚機能の低下-日常生活への影響、北川公路 駒澤大学心理学論集(KARP) 6: 53-59, 2004
※3:高齢者の体温:体温調節機能が低下してくる テルモ体温研究所
(2020/09/30 07:50:27)