時をかけるおばあさんたちTime Travelling Old Ladies
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その12 認知症を予防するには

あるドクターが認知症に関する講演を行ったあとに、参加者から「認知症にならないためにはどうすれば良いでしょうか?」と質問されたそうです。そのドクターは「そうですね、長生きしないことです」と答えた、という話を製薬会社の方から聞きました。ブラックユーモアのような答えですが、「高齢になればなるほど認知症の罹患率が高くなる」という現象を逆に考えれば、そういうことになります。
それはさておき、認知症になるリスクを下げる方法はいくつか知られています。バランスの良い食事を取る、適切な運動をする、メタボ疾患(高血圧、糖尿病、脂質異常症)の予防または治療をする、たばこは吸わない、社会活動に参加する、などです。これらは、健康的に長生きするために、医者が患者にアドバイスするのと同じような内容で、特に目新しくないようにも思えます。しかし、医学的に勧めるからにはきちんとしたエビデンスがあるのです。
昨年(2019年)の5月にWHO(World Health Organization)から、認知機能低下および認知症のリスクを軽減するためのガイドラインが初めて出されました※1。かれらは身体活動(つまり運動すること)やメタボ3疾患のコントロール、食事内容など12項目についてさまざまな研究を集め、分析し、それぞれを認知症予防策として勧めるかどうかの度合いの強さとエビデンスの質について検討し、論議し、結論を出しました。それによると、強く勧められるのは、身体活動、禁煙、バランスの取れた食事、高血圧と糖尿病の良好なコントロールでした。また、社会活動への参加をすることや、過度の飲酒はしないことが勧められました。逆に、勧めないものはサプリメントの使用と脳トレなどの知能訓練でした。これらは認知能力の低下予防には結びつかないとのことです。そして、WHOのテドロス事務局長(今や新型コロナウイルスで世界的に有名になった方です)は、これらの推奨事項について、「心臓に良いことは脳にも良い」とコメントしています。
一方、日本でどの病気がどんな生活習慣や持病と関連があるかなどという、疾患の疫学調査を行う場合に良く参照されるのが「久山町研究」です。これは九州大学が主となって、何十年にもわたって行っているものです。久山町は、福岡県福岡市に隣接した町ですが、その町の全住民を対象に健診や往診、そして亡くなった際には剖検を行って死因を明らかにし、膨大なデータを集積して解析や研究が行われています。追跡調査の精度も99%以上と高く、数十年にわたり病気の進行程度などを追跡できるので、前向き調査が可能となります。例えば、糖尿病と認知症の関連を調べる場合に、糖尿病のある人が高齢になるとどれくらい認知症を発症するのかということを、実際に同じ集団で追跡することができます。そのほかの地方では、住民もドクターも短期間で移動することが多く、何十年にもわたる追跡研究は非常に困難なので、久山町研究はとても貴重で信頼性の高い研究であると評価されています。
さて、久山町の認知症の疫学調査では、1985年から30年ほどにわたって調査が行われました。結論としては、高血圧の治療と糖尿病の予防と治療、運動、バランスの良い日本食が認知症のリスクを減らすのに有効である、ということでした※2。WHOのガイドラインと比べてみると、ほぼ同じ内容となっていますが、詳しく見るとお勧めの食事の品目が少し違います。WHOのお勧めは「地中海料理、牛乳・乳製品摂取は抑える」ですが、久山町研究のお勧めは「日本食プラス乳製品」となっています。これは、調査の対象となった人々の食習慣の違いによるものと思われます。地中海料理の代表的な食材としては、オリーブオイルやトマトなどの野菜、穀類、豆、ナッツ、果物、魚、鶏肉を中心とした食事に少量のワインなどがあります。地中海風の食事を主とする人々は、乳製品の消費も多く、抑えた方が認知症のリスクを減らすのに効果的であろうということです。一方、一般的な日本食ではまだ乳製品の摂取が少なく、追加する方が良いという結果になりました。地中海料理または日本食などのバランスの良い食事と少量のワインまたはお酒で、ほろ酔い気分を楽しみ、認知症も予防したいものです。
※1:Risk Reduction of Cognitive Decline and Dementia. WHO Guidelines, 2019.
※2:地域高齢住民における認知症の疫学:久山町研究 小原知之ら 九州神経精神医学 60(2):83-91, 2014.
(2020/07/27 12:30:34)